[第2話]
世田谷線と沿線との共存共栄方策について |
東京急行電鉄株式会社 鉄道事業本部 事業統括部
管理課長 太田雅文 |
IC乗車券「せたまる」の活用
鉄道と沿線を結びつけるツールとして、ICカードが最近注目されている。
従来の磁気カードと比較して、ICチップの記憶容量が大きく、個人レベルでの乗車履歴等の管理がカード上で可能であることより、鉄道だけでなく、これと関連の深い事業領域におけるサービス付加を以って相乗効果を高めることが可能である。公共交通への回帰への必要性が唱えられている一方で、実態は自家用車利用性向が拡大している昨今、この新技術を活用した新施策を従来の枠組みや縄張りにとらわれず、強力に推進する政策的意義も大きい。
3年程度後までには、大都市圏の鉄道やバスにおいてIC乗車券が本格的に普及してくると見込まれている。公共交通に乗るということは、日常生活において欠かせないことであることから、このキラーコンテンツを活用したカード保有動機は大きい。従って、ICカードを活用した鉄道と沿線との有効な連携施策の実現は、この機を逃してはあり得ない。鉄道だけでなく、商店街をはじめとした沿線においても、まさに千載一隅のチャンスを迎えているといっていいだろう。
世田谷線に先行的にIC乗車券「せたまる」が導入されたのは、2002年7月のことであった。 せたまるの特徴は、カードをパスケースより取り出さずとも運賃収受ができる非接触決済機能の利便性に加え、複数種類ある回数券の割引分を「ポイント」の概念により整理したことにある。
従来の世田谷線の回数券は、通常の10乗車分価格(130円×10=1,300円)で11枚綴りのものの他、平日オフピーク10~16時を対象にした12枚綴りのもの、さらには土休日を対象にした14枚綴りのものがあった。これを1枚のICカードで処理するために、平日オフピーク乗車2ポイント、土休日乗車4ポイント、それ以外は1ポイント付与、10ポイントで1乗車とした。利用に応じてポイントが蓄積され、還元はチャージ時にポイント相当分を自動的に追加積み増しされる。商店街等でよくあるポイントカードと似た性格を持った乗車券である。
このせたまるポイントと、沿線商店街スタンプとの連携を深めることを意図し、2003年秋には「せたまる回数券・ポイント引換券」を発行した。 前述の世田谷線沿線イベントの宣伝も目的とした企画乗車券であるが、券面のデザインにはできる限り鉄道事業者と沿線商店街との共存共栄を意識した。イベントの景品やボランティアに対する謝礼が主たる使途と考えられるが、商店街スタンプや地域通貨との連携による街づくり、市民活動の機運が盛り上がり、世田谷線への愛着が高まるのであれば、イベント時だけでなく年間を通じた発行の意義も大きい。 |
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世田谷線沿線の街づくり、市民活動意識は高い。2003年秋に東急電鉄と世田谷区都市整備公社まちづくりセンターとの共催で行なわれた「世田谷線車窓コンクール」、すなわち上町~山下間の線路脇植栽等に対するアイデアを受け付けるイベントにおいて、地域から110件もの提案が集まったことはその証左といえよう。また、せたまるポイント引換券の発行に呼応するように、沿線商店街共通スタンプの実験も始まっている。鉄道を介して複数の商店街が同一規準のスタンプを発行する試みはあまり例はないのではないだろうか。さらに、市民活動グループによる地域通貨や通称「瓦版」なる情報誌を発行する動きも顕在化してきている。これらとの上手な連携は、公共交通主導型の都市構造に向けて有効な方策であると考えられる。
まとめ
かつて高度成長期において、東京をはじめとする大都市の外延化が急速に進展し、「田園都市」すなわち都市を田園に持ち込むことにより快適な生活環境の場を提供することを事業の根幹に据えつつ民鉄は成長してきた。しかしながら、成熟型社会を迎える今後、都市の大きな拡大はもはや見込めないし効率も悪い。
昨今注目されている「都市再生」政策にあるように、今後はむしろ、既成市街地の活性化を促進することにより、住んでみたいあるいは行ってみたい鉄道や沿線とすることが重要である。そしてそれは、かつての田園都市の理念を、むしろ田園的要素を都市に持ち込み、鉄道を基軸に据えた「サステイナブル」な「スローライフ」を演出することではないだろうか。仕事に疲れて自分の住む駅にたどり着くと、わが家に帰ってきた一体感を実感できる街、そして、生活の豊かさを感じ、誇りに思える街である。
大規模な開発や高度利用には過度に依存せず、商店街の活性化を通じて、既存の集積や活力と効果的に連携するための方法論が今求められている。
さらに、商店街をはじめとした地域との信頼感の醸成は、鉄道を運営していく上で生じる種々の調整費用の低減を意味すると同時に、安心や信頼を旗印とする鉄道事業者のブランド価値向上にも資するものである。
このような活動に同意しかつ参画意欲を示すスポンサーたる第三者大手企業が現れ、これとパートナーシップを結ぶことができれば沿線マネジメントも効率化される。また、都市型の「観光地」としての集客力向上があれば、沿線活性化や鉄道需要喚起にもつながる。
本稿で紹介した世田谷線のモデルは、他の鉄道路線においても適用可能かもしれない。長期的視野で見て鉄道と沿線が進むべきであろう重要な方向性を示唆している。
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